「ベトナムの蓮」弦楽四重奏団@高野山金堂
ベトナム国立交響楽団の主席奏者による「ベトナムの蓮」弦楽四重奏団が、高野山金堂で東日本大震災慰霊・復興祈願と日本・ベトナム友好祈念(国交回復40周年)の奉納演奏会を行いました。
主催は築野食品工業(株)の築野富美社長と弟さんの築野元則JICA(国際協力機構)関西センター所長です。
お二人のお父上である故築野政次同社元会長がベトナムと親交が深かったこともあり、今年亡くなられた故人の思いを受け継いだイベントでもあります。
築野所長は先月まで、JICAベトナム所長として4年半勤務されていました。
私は、大蔵省国際金融局でアジア通貨室長時代、アジアを飛び回っている頃から、築野所長にはお世話になっていました。
地元和歌山の国会議員ということだけでなく、そんなご縁から、出席させていただきました。
べトナムや日本の音楽に加えてモーツアルトなど西洋音楽も。素晴らしい演奏でした。
今、ベトナム国立交響楽団の音楽監督・主席指揮者は日本人の本名徹次さん。今回の演奏会の企画・総監督もされています。
私も、アジア通貨室長時代、何度もベトナムを訪れましたが、今日は、色んな意味で、日越の深い縁を感じました。
元々、遣唐使の船が難破して、ベトナム、当時のチャンパ王国に流れ着いてからの歴史的なつながりですから、古い関係です。
西暦752年5月26日に、大仏開眼供養会が挙行されています。聖武天皇、光明皇太后を初めとする要人が列席し、参列者は1万数千人。開眼導師はインド出身の僧・菩提僊那が担当。当時の日本はすごく国際化していたようです。
その時、楽人によって日本、唐、高麗の楽舞の他、ベトナムの舞楽も奉納されました。伝えたのは、ベトナム僧の仏哲(ぶつてつ)で、当時のベトナムの呼び名「林邑」にちなみ「林邑楽」として大仏開眼供養の儀式を盛り上げたそうです。そして、今もこれは日本の雅楽の中に伝えられています(以上はウキペデイアより)。
1200年以上前に、ベトナムの舞楽が日本に伝わっていたことは、開催者の築野元則さんがごあいさつの中で触れられていました。
感慨深く、ベトナム国立交響楽団のメンバーの演奏を聴かせてもらいました。
かく言う高野山も816年に弘法大師様によって開かれました。3年後には開山1200年祭が盛大に開催される予定です。
今日は、日越の関係を含め、悠久の歴史の流れを世界遺産の高野山で感じることができました。合掌。