地域包括ケアシステムの構築について

(厚生労働省の担当官を招いて、地元の介護事業者との研究会の模様)

 国会は閉会中ですが、どうしても党の仕事で上京することが多くなってきます。

 今は、副幹事長として党務を担当していますが、引き続き、政策マターも縁の下の仕事を任されていますので、野党と言えども、けっこう忙しい日々です。

 そんな中で、今週、和歌山から介護関係の事業者の勉強会メンバーが上京。福祉機器の展示会が国際展示場で開催されており、議員会館に立ち寄ってくださいました。

 せっかくの機会ですから、私の方で、厚生労働省の老健局の担当官をお呼びして、じっくりと意見交換の場をセットしました。

 テーマは、「地域包括ケアシステムの構築について」です。

 団塊の世代が75歳以上となる2025年(75歳以上の人口は全人口の約2割)を目途に、重度な要介護状態となっても住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けることを目標としています。

 そのためには、医療・介護・予防・住まい・生活支援が一体的に提供される地域包括ケアシステムが重要になってきます。

 とくに、認知症高齢者の増加が見込まれるため、保険者である市町村や都道府県の自主的な取り組みが求められます。

 厚労省の推計では、認知症宥病者数は約439万人、MCI(正常と認知症の中間)の有病者数は約380万人(平成22年)となっており、相当なインパクトです。

 和歌山市内では、今現在、地域包括ケアシステムは8単位あります。勉強会の参加者の中にも、地域包括ケアを担当している事業者さんがいますので、議論は白熱しました。

 大きな論点は、予防給付の見直しに関してです。

 厚労省は、今は介護保険でやっている介護予防給付について、市町村主体の地域支援事業に移行することを計画しています。

 「要支援者の多様な生活支援ニーズに応えるには、介護サービス事業者以外にも、NPOや民間企業、協同組合、ボランティア、社会福祉法人など、多種多様な事業主体の参加による重層的なサービス提供が望ましい。」

 これが、厚労省のりくつです。

 何だか、もっともらしいですが、要するに「見守り、配食、外出支援、買い物などの予防給付」を国の介護保険からはずして、市町村に責任を持たせて実施させるということです。

 確かに、介護が措置制度の時には、市町村が責任を持って対応せざるをえなかったのに、介護保険になってからは事業者に丸投げで、市町村がいわば「怠けていた(上から目線ですね。)」ので、今後は地域包括ケアシステムの責任者として知恵と汗を出せ、、、と言うのが厚労省の本音です。

 勉強会のメンバーもその点はある程度、理解するとしていましたが、一つには、市町村には知恵もお金もないので、そう簡単な話ではないとの指摘がありました。

 何より、介護保険から地域支援事業になれば、単価が下がるので、事業としては厳しくなること、仮に、有償ボランティアを利用するとしても、今でさえ介護人材に人が集まらずに苦労しているのだから「絵に描いた餅」になるおそれが大きいことなどが話し合われました。

 私は、いつも耳にタコができるくらい聞いていますが、担当官は神妙な面持ちできいておられましたね。

 それでも、「市町村に介護事業の責任を持ってもらうためには他の手段では難しい。」というのが公式答弁でした。

 この後、現場の細かい苦労話、たとえば、ケアマネージャーの定期的な研修費用が高いことや、事業者間の競争が激しくて、特定加算が実際には申請できないので、介護報酬改定は常にマイナスになっていることなどが問題提起されました。

 このような本音トークは、担当官にとっても新鮮だったとかで、今後も、和歌山の介護事業者と老健局の担当官との勉強会を続けることになりました。

 代議士として、地元の意見を霞が関や永田町につないでいますが、地元の生の声を、官僚の皆さんに直につなぐという仕事もたいせつだなと痛感しました。これからも頑張ります。
 

パール判事 東京裁判批判と絶対平和主義

(中島岳志著「パール判事」、白水社)

 戦後史の中で、東京裁判の位置づけは重要です。日本政府は、サンフランシスコ講和条約によって、東京裁判を受け入れた結果、国際的に、この裁判をくつがえすことはできません。

 そのような歴史修正主義がアジアの平和構築のためにプラスになるなら挑戦すべきでしょうが、現実には百害あって一利なしだと思います。

 しかし、私が法学部の学生だった頃、パール判事の「少数意見」を勉強した時から、パール判事の法律家としての緻密な論理には尊敬の念をいだいていました。

 今回、「リベラル保守宣言」の著者中島岳志さんが書いている「パール判事」という著書を読んで、彼が単なる法曹の域を超えた政治哲学者でもあることに感動しました。

 パール判事は、「平和に対する罪」や「人道に対する罪」は第二次世界大戦までの国際法には無かった罪であり、事後法によって裁くことはできないという正論を主張した法律家です。

 その論点は、「もし事後法を認める東京裁判が成立するなら、国際社会は戦争をしてはならないという認識の共有には向かわず、戦争に勝ちさえすれば国際法を無視して自分たちの都合のよいように裁くことができる、、、、東京裁判は、結果として侵略戦争の撲滅ではなく、侵略戦争の拡大につながり、国際秩序の根本が崩壊する。」(「パール判事」、pp.131))というものです。説得力のある議論だと思います。

 しかし、パール判事は、それまで国際法上認められていた「通例の戦争犯罪(戦争法規または戦争慣例の違反)」に関しては、戦勝国が裁判の権利を有することを認めました。

 その上で、A級戦犯容疑者に関しては、証拠不十分で無罪としました。あくまでも、法律の枠組みの中で、法律家としての良心にしたがって裁判に臨んだのです。ただ、それは「日本無罪論」ではなく、あくまでも容疑者個人の無罪であったことが重要です。

 一方で、日本の帝国主義的拡張を列強の悪しき模倣と批判し、道義的には不当な行為であったとも指摘しています。

 彼は、絶対平和主義者であり、戦後の日本の再軍備に反対しました。

 戦後、来日したパール判事は、「みなさんは、つぎの事実をかくすことはできない。それはかってみなさんが、戦争という手段を取ったという事実である。」(「パール判事」、pp.256)と法政大学での講演で言っておられます。

 ガンデ―ィーを尊敬するパール判事の一貫した平和主義者としての生きざまに感動します。
 
 パール判決書の一部だけを、つまみ食い的に引用する文献を読んで、わかったつもりになっていた私の浅はかさを反省し、歴史を深く学ぶことは重要なことだと痛感しました。

 

老人の定義と年金支給開始年齢引き上げ問題

(敬老会であいさつする岸本周平)

 この週末から来週にかけて、敬老会のシーズンです。

 各地域の公民館などで、連合自治会単位や個別の自治会単位で開催されます。

 準備をされる皆さんもたいへんで、趣向をこらしてお年寄りの皆さんに喜んでもらおうと必死です。

 どこの会場もいわゆる「老人会」のメンバーは女性が中心。もっとも、老人会という名前はなくて、「橘会」とか、「福寿会」とか素敵な名前をつけておられます。

 その女性の皆さんは、圧倒的に笑顔良しのべっぴんさんです。

 会場は笑い声で包まれています。やはり、笑っていると長生きできるんでしょうね。毎年、同じことを感じながらパワーをいただいています。

 しかし、お客さんの「老人会」も、お世話をする連合自治会や婦人会の皆さんも、見た目ではそんなに違わないような気がします。まあ、、、、その、、、、年齢が、、、汗。

 昔、出雲市長の岩国哲人さんは、老人会の加入率が低かったのを、65歳から70歳までの「老人会青年部」をつくって一気に倍増したそうです。

(カラオケ大会の途中に飛び入りの岸本周平。)

 65歳から老人という定義は、まったくピントはずれだと思います。

 これからは、年齢制限せずに、誰でも入れる「アクティヴ・シニア」の会とかにすれば、面白くなるのではないでしょうか?

 アメリカでは、定年制は年齢による差別だとして憲法違反です。日本でも、定年制を廃止して、働く意欲と能力のある人は何歳まででも働けるようにすべきです。

 したがって、年金制度も何歳からでも受け取れるようにし、早くからもらえば、当然、毎月の給付は低いが、遅くからもらえば給付が厚くなる仕組みにすればよいのです。数理計算上、平均寿命まで生きた時のトータルの給付額を同額にすれば不公平はありません。

 今でも、基礎年金はそのような設計になっています。70歳からもらう人は60歳からもらい始める人よりも毎月の手取りが多くなっています。

 その計算基準年齢を65歳から70歳くらいに引き上げれば、年金財政も安定化し、かえって老後保障が充実するわけです。

 「年金支給開始年齢引き上げ」と言うと、それまで一円ももらえないという誤解がありますが、そうではありません。

 各地域の敬老会に参加し、50歳代はまだまだ洟垂れ小僧だなと痛感。

 しかし、先輩たちに安心していただける社会保障制度の改革は待ったなしですから、私たちの世代の責任は重いなと緊張しています。
 

岸和田だんじり祭り

(雨天使用の「五軒屋町」の山車。)

 中国から帰国して、この週末は敬老会シーズンです。

 その合間をぬって、岸和田のだんじり祭りに行ってきました。

 このブログでも何度も書いていますが、2005年の衆議院総選挙で落選した直後、応援に来てくださった小篠綾子おかあちゃんに誘われて以来、9年間皆勤賞です。

 勇壮なだんじり祭りには、パワーをいただきます。

 コシノジュンコ先生とは、お店のある町内「五軒屋町」の山車の後ろをいつも一緒に走っています。

(ジュンコ先生と記念撮影)

 台風の影響で雨の降りしきる中でも、岸和田の皆さんは意気軒昂。山車が雨天仕様になっている以外はいつも通りです。

 小篠家の元のお店は商店街の中にあるので、雨の影響はありません。例年並みの大勢のお客さんがあふれていました。

(NHKの朝ドラ「カーネーション」に合わせて改装した「コシノ洋装店」)

 上の写真の2階から見学します。ヒロコ、ジュンコ、ミチコの三姉妹がここにそろい踏みする時は、道行く皆さんが写真をパチパチ。

 ともかく、だんじり祭りを中心に岸和田の皆さんは暮らしているみたいなんです。

 綾子おかあちゃんもお祭り大好きでしたが、三姉妹もすべてのスケジュールをだんじり祭りに合わせておられます。

 なので、だんじり祭りの日に岸和田に行けば、必ず三姉妹にお目にかかれるので便利です、、、笑。

対中国政策の模索PART2

(中国人民大学の院生、学部生徒の意見交換会)

 北京二日目です。午前中は、中国人民大学の国際政治学院と外国語学部の院生、学部生との意見交換会。

 国際政治学院の学生は、皆さん英語が堪能で、十分英語で意思疎通ができました。外国語学部の学生の日本語も流暢で、レベルの高さに驚かされました。

 質問も、「なぜ、政治家をやっているのか?」という本質的なものから、「憲法9条改正の可能性は?」など日本の事情をよく勉強している質問が多く、私たち政治家それぞれが個人の意見として、きっちりと受け答えさせてもらいました。

 尖閣諸島などのタッチーなイシューは避けて、建設的な質問に徹する学生さんたちには、「decency(上品で慎み深いこと)」を感じました。

 13億の民の中から、激しい受験戦争を勝ち抜いた優秀な学生たちが、大学でも、ものすごい知的刺激を受けながら、勉学を続ける姿に感動し、山東大学の学生たちもそうであったことを思い出しました。

 日本の大学生も、頑張ってもらわないと、、、、苦笑。私も中央大学の先生としては責任重大です。

 でも、日本からの留学生も二人おられ、飯田恭子さんは日本学生会の会長をなさっているとか、、、頑張ってましたので、うれしかったです。

(広々とした中国人民大学のキャンパス)
 
 午後は、中国人民対外友好協会主催で、中国社会科学院の日本研究所の学者の皆さんとの意見交換会。

 政治、経済の専門家の皆さんなので、活発な討論になりました。

 中でも、研究所の党委書記の高洪先生や、所長助理の張季風先生とは、客員研究員時代からの老朋友(ラオポンユウ)です。再会を喜び合いました。

 張先生とは、「日本与東並経済合作」という論文集を一緒に書きました。今、日銀政策委員の白井さゆり先生も寄稿されています。2002年に北京で出版されました。

 懐かしさはさておき、この場でも、日中韓FTAやアジア太平洋経済圏の重要性といった専門的な議論をしましたが、両国国民のナショナリズムを政治家があおらずに、どのように沈静化していくべきかという本質的な政治論も話し合いました。

 昨晩、雷が鳴り、大雨になったのですが、北京の雨水は真っ黒で泥水のようでした。やはり、日本の環境技術を供与して、協力関係を築く必要性を痛感しましたし、会議でもその重要性が指摘されました。

 また、文化面でも、高先生が三重大学が主催した「忍者文化と中日関係」という素晴らしい学会に出た経験を話され、やるべきことはたくさんあることでも皆さん納得。

 旧知の間柄なので、かえって本音で、激しい議論ができました。遠慮なく討論をしても、元々信頼関係のあるメンバーなので、終わってから、根に持つようなことはありません。本当にフランクに話ができます。

 外交上、国同士が争っている時こそ、人と人のつながりがいかに重要か、よくわかりました。

(中国人民対外友好協会李小林会長との夕食会)

 激しい討論会の後、中国人民対外友好協会李小林会長との夕食会。協会内のゲストハウスでのなごやかな会食は、イタリアンでした。

 ずーと、美味しい中華料理をいただいていたので、イタリアンはお腹にやさしく、李会長の心配りに感謝。

 李会長の父上は、李先念元国家主席です。彼女は南カリフォルニア大学留学の経験もあり、中国語の通訳の合間に英語でしっかりとお話ができました。

 李会長は、いわゆる太子党の一人として習近平主席ととても近い方です。

 彼女と本音の話ができたことは、今回の訪中の最高の収穫であったと思います。

対中国政策の模索

(唐家璇中日友好協会会長との夕食会)

 今日から二泊三日の日程で、北京に来ています。

 民主党、みんなの党の超党派の議員団です。代表は山口壮代議士と浅尾慶一郎代議士。

 私は、大蔵省国際金融局に勤務していた10年ほど前は、毎月のように中国に来ていました。その後、山東大学の経済学院客員教授や中国社会科学院の上級客員研究員を拝名してからは学会などで、中国を訪れる機会も多く、今回、当時の老朋友(ラオポンユウ)にも再会できました。

 落選中は外遊するゆとりもなく、当選後も、国会開会中は海外に出にくいため、北京は4年ぶり。

 2008年のオリンピックを契機に北京の町並みも大きく変わりました。北京首都空港の第3ターミナルもオリンピックのために作られたものです。

(全国人民代表大会の外事委員会伝宝(フー・イン)主任委員と記念撮影)

 まず、全国人民代表大会の外事委員会伝宝(フー・イン)主任委員と意見交換。外交部生え抜きのエリート外交官の女性です。

 尖閣諸島の問題は、野党の我々が外野でいろんなことを言うよりも政府間に任せるという前提で、議論をしました。

 日中韓FTAの推進の重要性やTPPの枠組み、さらにはアジア太平洋経済圏の主要な二国である日中の連携の必要性には双方異論はありませんでした。

 また、文化交流や両国相互の投資促進を進めていくことに関しても、政府以外のチャネルで努力すべきことなどを確認しました。

(清の乾隆帝の書による「釣魚台」) 

 夕方から、唐家璇中日友好協会会長と1時間半におよぶ会談。ここは、公式行事なので、唐会長からは、中国側の原則論をうかがい、こちらも公式答弁。

 その後の夕食会では、和気あいあいと楽しい懇談会となりました。

 唐会長の長い外交官生活、特に日中の歴史の生き証人として、滋味掬すべき貴重なお話をお聞きしました。

 私の一生の財産になるようなお話でした。

 野党の非公式な訪中団であるにも関わらず、中国政府の迎賓館である釣魚台での夕食会を設営していただいたことにも感謝です。

 詳細は、ブログに書けませんが、有意義な意見交換の一日となったことを報告します。

 なお、ホテルに戻って、無料のwi-fiサービスでインターネットを使っていたら、Facebookやtwitterにはアクセスできないことが判明。さすがに中国だなと感心しました、、苦笑。

東京オリンピック・パラリンピック2020年開催決定おめでとうございます!

(JOCのHPから転載。招致決定Tシャツ)

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まりました。

 その瞬間、日本中が興奮の渦に巻き込まれました。

 1964年の東京オリンピックを小学2年生で迎えた私としても、本当にうれしい限りです。

 事前の報道では、マドリッド有利とも言われていましたが、昨夜テレビで見た日本チームのプレゼンテーションは素晴らしいものでしたし、終わってみると圧勝も当然のように思えます。

 しかし、招致委員会の皆さんをはじめ大勢の関係者の方の努力の成果ですから、「おつかれさまでした!」と心から祝福を送りたいと思います。

 安倍総理のリーダーシップにも敬意を表します。英語もプレゼンもお上手でした。

 久しぶりに、私たち国民が共通に夢と目標を持つことができました。64年のオリンピック、70年の大阪万博にも匹敵するイベントです。

(JOCのHPから転載)

 政治的には、超党派で応援し、協力すべきは協力すべきです。

 福島原発の汚染水問題も安倍総理が国際公約をしたわけですから、与野党関係なく解決に向けて努力すべきです。

 特に、民主党は、政権与党であったわけですから、責任の一端から逃れるわけにはいきません。

 政府が悪い、東電がいけない、、などと言っているひまなどありません。党として、前向きに解決に向けて協力していきたいと思います。

 64年オリンピックの時に、我が家はまだ白黒テレビでした。開会式の日に、家族4人で、近所の中華そば屋さんに行き、お店のカラーテレビで見た入場行進の日本選手団の赤いブレザーの色は今でも目に焼き付いています。

 子ども心にも、日本が発展していく躍動感を感じました。

 あの気持ちを、もう一度日本の子どもたちに味合わせてあげたいものです。

 おおげさかもしれませんが、当時の新幹線がオリンピックに間に合ったように、リニアモーターカーの東京大阪間も、ぜひ後7年で完成させられないでしょうか?

 そして、関西空港までリニアを延伸させるとか、、夢は限りなくわいてきます。それを実現していくために、私の努力目標もたくさんできてきました。夢があるっていいですね。

(JOCのHPから転載)

低福祉中負担か中福祉高負担か?

(池尾和人著「金融依存の経済はどこへ向かうのか」、日本経済新聞社)

 来年4月の消費税の引き上げの是非をめぐって、政府与党が慎重な検討を行っています。

 昨年、社会保障と税の一体改革法案の修正提案者として深くかかわった身としては、しっかりと議論をして、政策の誤りなきを期すべきだと考えます。その意味で、慎重に検討していただくことは大歓迎です。

 民主党は、党をつぶす結果となっても社会保障と税の一体改革法を通したわけですから、基本的には法律通りの引き上げスケジュールを支持するべきでしょう。早く、自らの立ち位置を明確にしなければなりません。

 しかし、予定通り、消費税を10%にしても、日本の財政の安定にはほとんど役に立ちません。増税分約12兆円は、本来赤字国債でまかなっている社会保障費の補てんで消えてしまいます。それでも、プライマリーバランスの黒字化(財政破たんを防ぐための最低条件)はできません。

 社会保障予算が毎年1兆円ずつ自然に増加しますので、10年で約10兆円増えます。

 また、国債の利払い費は、今、9兆円ですが、債務残高がふくれていきますので、今の低い金利のままでも10年後には約8兆円増えます。ふたつ合わせて18兆円の増加。消費税で7~8%分になります。

 アベノミクスが成功して、物価上昇に連れて金利が上がっていけば、自然増収も発生しますが、利払い費も倍増しますので、そう簡単な話でもありません。

 つまり、これまでの自民党政権が財政再建を放棄していた結果として、借金地獄に陥ってしまっているのが現状です。

 アトランタ連銀のブラウン氏と南カリフォルニア大学のジョーンズ教授の試算では、毎年1兆円増加の社会保障費を抑制せずに財政安定化を目指すためには、2017年に消費税を33%にする必要があります(「金融依存の経済はどこへ向かうのか」、pp.195-199)。

 このタイミングを5年遅らせると、2022年に37.5%の消費税が必要。つまり、改革を遅らせると1年につき、消費税が1%上昇することがわかります。

 この試算で、物価が2%のケースでは、最終消費税率は25%になっています。その意味では、アベノミクスが成功しても、2017年には25%の消費税が必要です。

 これは、しかし、経済学的には常識的ですが、政治的には「不都合な真実」です。

 したがって、財政再建は消費税の引き上げだけでは不可能で、社会保障費の自然増を抑制する大胆な改善プランが必要なことがわかります。

 このことを、池尾教授は「中福祉高負担」か「低福祉中負担」の選択肢しかないという言い方で示しています(「同書」、pp.65-66)。

 また、経済が成長すれば、財政再建できるという俗説がまちがいであることは、ハーバード大学のロゴフ教授の研究成果「政府債務のGDP比が90%を上回れば、経済成長率が大きく低下する」(ロゴフ仮説)で説明しています(「同書」、pp.210-211)。

 欧州中央銀行(ECB)の研究では「政府債務のGDP比が98%から105%を上回れば、経済成長率が大きく低下する」との結果が出ており、ロゴフ仮説を実証しています(「同書」、pp.212-213)。

 日本のその比率はすでに200%を超えています。政府債務の大きかったことが「失われた20年」の原因のひとつだとも言えますし、今後、バラ色の経済成長シナリオは難しかしそうです。

 このような「不都合な真実」を誠実に、有権者の皆さまに伝えていくのがこれからの政治家に求められていると覚悟を固めています。
 

秋葉山公園県民水泳場リニューアルオープン

 昨日は、秋葉山公園県民水泳場リニューアルオープンの式典に参加しました。

 前の秋葉山のプールは昭和41年に完成。私が子どもの頃は、50メートルプールと言えば、市内中心部の大新プールしかありませんでした。

 自転車で5分の近さだったので、夏休み中、小学校の25mプールでは飽き足らなかった友達といつも大新プールに行ってました。泳いだ後、水あめとたこ焼きをたべるのが楽しみでしたね。

 完成した秋葉山の新しいプールはまばゆいばかりでしたが、昭和46年の国体でも大活躍。もっとも、自宅からは遠かったので、あまり行きませんでした。

 その後、大人になって帰省した際に、時々泳ぎに行ってましたが、素敵なプールでした。

 しかし、経年変化には勝てず、建て替えないと再来年の国体で使えなくなったそうです。

 天井には紀州材をふんだんに使った木のプールが完成。秋葉山の緑を背景にした「森の中のプール」です。

(岩倉流古式泳法のプレゼンテーション)

 オープニング式典の後、エキシビジョンとして、和歌山県出身のオリンピック候補の鹿屋体育大学4年生山本耕平さんの模範泳法や岩倉流古式泳法の披露がありました。

 紀州徳川家にお抱えの岩倉流なので、泳ぎながら火縄銃を打つ実演もありました。

 子どもの頃から、岩倉流の模範泳法は見てきましたが、やはり伝統の泳ぎは美しいし力強いですね。

 下の写真は「抜き手」です。手はクロールで、足は平泳ぎ。子どもの頃、真似して泳ぎましたが、そうはうまく泳げませんでした。

(岩倉流古式泳法「抜き手」)

 2年後の紀の国わかやま国体、わかやま大会に向けて、素晴らしいキックオフになりました。

 昔は、水泳王国和歌山と言われ、オリンピック選手も輩出していたんですよね。

 昭和11年の第11回ベルリンオリンピック女子200m平泳決勝で、日本オリンピック史上、女子金メダリスト第一号の選手である前畑秀子(兵藤秀子)さん。

 昭和27年の第15回ヘルシンキオリンピック男子1500m自由形銀メダルの橋爪四郎さん。

 昭和31年の第16回メルボルンオリンピック男子200平泳金メダルの古川勝さん。

 この新しいプールで素晴らしい選手が生まれることを心から祈ります。

「命を守るための防災活動発表会」

(NPO法人「震災から命を守る会」臼井康浩理事長と記念撮影)

 今日は、NPO法人「震災から命を守る会」臼井康浩理事長が主催される「命を守るための防災活動発表会」の開会式に参加。

 NPO法人「震災から命を守る会」は1995年に発生した阪神淡路大震災の被災者あった故岩瀧幸則氏が設立。

 岩瀧氏は3年前に他界されましたが、岩瀧氏の運動に共鳴した臼井さんが2005年に和歌山支部を創られました。

 現在、臼井さんが理事長となって本部も和歌山県に移転しています。

 私は、浪人中の8年前に臼井さんが和歌山支部を創られた頃にお会いしました。

 臼井さんの防災にかける熱い思いに感動して、臼井さん主催のイベントには「追っかけ」としていつも参加させてもらっています。

 「命を守るための防災活動発表会」は去年に引き続き2年目です。今年は8月31日、9月1日の二日間、和歌山市内のビッグ愛で開催。

 臼井さんお一人のパワーで、内閣府、経済産業省などの政府や地方公共団体、各種団体の後援を取り付けておられることもすごいことですが、和歌山市を中心とする県下の企業や商店をたくさん巻き込んで開催されていることに驚かされます。

 人間一人の力って、すごいなあと感動します。

 主なスポンサーはJR西日本あんしん社会財団ですが、和歌山大学生「防災・防犯まちづくり運営委員会」の若者たちが運営をになっています。

 インターネット動画生放送のウオーカーステーションTV(WSTVスマイルスタジオ)も開会式を生中継。

 和歌山の総力が結集された防災イベントになっています。

 明日の9月1日午後5時までビッグ愛にて開催中です。ぜひ、一度お立ち寄りください。

 和歌山の防災パワーを実感できますよ。