東京オリンピック・パラリンピック2020年開催決定おめでとうございます!

(JOCのHPから転載。招致決定Tシャツ)

 2020年の東京オリンピック・パラリンピックの開催が決まりました。

 その瞬間、日本中が興奮の渦に巻き込まれました。

 1964年の東京オリンピックを小学2年生で迎えた私としても、本当にうれしい限りです。

 事前の報道では、マドリッド有利とも言われていましたが、昨夜テレビで見た日本チームのプレゼンテーションは素晴らしいものでしたし、終わってみると圧勝も当然のように思えます。

 しかし、招致委員会の皆さんをはじめ大勢の関係者の方の努力の成果ですから、「おつかれさまでした!」と心から祝福を送りたいと思います。

 安倍総理のリーダーシップにも敬意を表します。英語もプレゼンもお上手でした。

 久しぶりに、私たち国民が共通に夢と目標を持つことができました。64年のオリンピック、70年の大阪万博にも匹敵するイベントです。

(JOCのHPから転載)

 政治的には、超党派で応援し、協力すべきは協力すべきです。

 福島原発の汚染水問題も安倍総理が国際公約をしたわけですから、与野党関係なく解決に向けて努力すべきです。

 特に、民主党は、政権与党であったわけですから、責任の一端から逃れるわけにはいきません。

 政府が悪い、東電がいけない、、などと言っているひまなどありません。党として、前向きに解決に向けて協力していきたいと思います。

 64年オリンピックの時に、我が家はまだ白黒テレビでした。開会式の日に、家族4人で、近所の中華そば屋さんに行き、お店のカラーテレビで見た入場行進の日本選手団の赤いブレザーの色は今でも目に焼き付いています。

 子ども心にも、日本が発展していく躍動感を感じました。

 あの気持ちを、もう一度日本の子どもたちに味合わせてあげたいものです。

 おおげさかもしれませんが、当時の新幹線がオリンピックに間に合ったように、リニアモーターカーの東京大阪間も、ぜひ後7年で完成させられないでしょうか?

 そして、関西空港までリニアを延伸させるとか、、夢は限りなくわいてきます。それを実現していくために、私の努力目標もたくさんできてきました。夢があるっていいですね。

(JOCのHPから転載)

低福祉中負担か中福祉高負担か?

(池尾和人著「金融依存の経済はどこへ向かうのか」、日本経済新聞社)

 来年4月の消費税の引き上げの是非をめぐって、政府与党が慎重な検討を行っています。

 昨年、社会保障と税の一体改革法案の修正提案者として深くかかわった身としては、しっかりと議論をして、政策の誤りなきを期すべきだと考えます。その意味で、慎重に検討していただくことは大歓迎です。

 民主党は、党をつぶす結果となっても社会保障と税の一体改革法を通したわけですから、基本的には法律通りの引き上げスケジュールを支持するべきでしょう。早く、自らの立ち位置を明確にしなければなりません。

 しかし、予定通り、消費税を10%にしても、日本の財政の安定にはほとんど役に立ちません。増税分約12兆円は、本来赤字国債でまかなっている社会保障費の補てんで消えてしまいます。それでも、プライマリーバランスの黒字化(財政破たんを防ぐための最低条件)はできません。

 社会保障予算が毎年1兆円ずつ自然に増加しますので、10年で約10兆円増えます。

 また、国債の利払い費は、今、9兆円ですが、債務残高がふくれていきますので、今の低い金利のままでも10年後には約8兆円増えます。ふたつ合わせて18兆円の増加。消費税で7~8%分になります。

 アベノミクスが成功して、物価上昇に連れて金利が上がっていけば、自然増収も発生しますが、利払い費も倍増しますので、そう簡単な話でもありません。

 つまり、これまでの自民党政権が財政再建を放棄していた結果として、借金地獄に陥ってしまっているのが現状です。

 アトランタ連銀のブラウン氏と南カリフォルニア大学のジョーンズ教授の試算では、毎年1兆円増加の社会保障費を抑制せずに財政安定化を目指すためには、2017年に消費税を33%にする必要があります(「金融依存の経済はどこへ向かうのか」、pp.195-199)。

 このタイミングを5年遅らせると、2022年に37.5%の消費税が必要。つまり、改革を遅らせると1年につき、消費税が1%上昇することがわかります。

 この試算で、物価が2%のケースでは、最終消費税率は25%になっています。その意味では、アベノミクスが成功しても、2017年には25%の消費税が必要です。

 これは、しかし、経済学的には常識的ですが、政治的には「不都合な真実」です。

 したがって、財政再建は消費税の引き上げだけでは不可能で、社会保障費の自然増を抑制する大胆な改善プランが必要なことがわかります。

 このことを、池尾教授は「中福祉高負担」か「低福祉中負担」の選択肢しかないという言い方で示しています(「同書」、pp.65-66)。

 また、経済が成長すれば、財政再建できるという俗説がまちがいであることは、ハーバード大学のロゴフ教授の研究成果「政府債務のGDP比が90%を上回れば、経済成長率が大きく低下する」(ロゴフ仮説)で説明しています(「同書」、pp.210-211)。

 欧州中央銀行(ECB)の研究では「政府債務のGDP比が98%から105%を上回れば、経済成長率が大きく低下する」との結果が出ており、ロゴフ仮説を実証しています(「同書」、pp.212-213)。

 日本のその比率はすでに200%を超えています。政府債務の大きかったことが「失われた20年」の原因のひとつだとも言えますし、今後、バラ色の経済成長シナリオは難しかしそうです。

 このような「不都合な真実」を誠実に、有権者の皆さまに伝えていくのがこれからの政治家に求められていると覚悟を固めています。
 

秋葉山公園県民水泳場リニューアルオープン

 昨日は、秋葉山公園県民水泳場リニューアルオープンの式典に参加しました。

 前の秋葉山のプールは昭和41年に完成。私が子どもの頃は、50メートルプールと言えば、市内中心部の大新プールしかありませんでした。

 自転車で5分の近さだったので、夏休み中、小学校の25mプールでは飽き足らなかった友達といつも大新プールに行ってました。泳いだ後、水あめとたこ焼きをたべるのが楽しみでしたね。

 完成した秋葉山の新しいプールはまばゆいばかりでしたが、昭和46年の国体でも大活躍。もっとも、自宅からは遠かったので、あまり行きませんでした。

 その後、大人になって帰省した際に、時々泳ぎに行ってましたが、素敵なプールでした。

 しかし、経年変化には勝てず、建て替えないと再来年の国体で使えなくなったそうです。

 天井には紀州材をふんだんに使った木のプールが完成。秋葉山の緑を背景にした「森の中のプール」です。

(岩倉流古式泳法のプレゼンテーション)

 オープニング式典の後、エキシビジョンとして、和歌山県出身のオリンピック候補の鹿屋体育大学4年生山本耕平さんの模範泳法や岩倉流古式泳法の披露がありました。

 紀州徳川家にお抱えの岩倉流なので、泳ぎながら火縄銃を打つ実演もありました。

 子どもの頃から、岩倉流の模範泳法は見てきましたが、やはり伝統の泳ぎは美しいし力強いですね。

 下の写真は「抜き手」です。手はクロールで、足は平泳ぎ。子どもの頃、真似して泳ぎましたが、そうはうまく泳げませんでした。

(岩倉流古式泳法「抜き手」)

 2年後の紀の国わかやま国体、わかやま大会に向けて、素晴らしいキックオフになりました。

 昔は、水泳王国和歌山と言われ、オリンピック選手も輩出していたんですよね。

 昭和11年の第11回ベルリンオリンピック女子200m平泳決勝で、日本オリンピック史上、女子金メダリスト第一号の選手である前畑秀子(兵藤秀子)さん。

 昭和27年の第15回ヘルシンキオリンピック男子1500m自由形銀メダルの橋爪四郎さん。

 昭和31年の第16回メルボルンオリンピック男子200平泳金メダルの古川勝さん。

 この新しいプールで素晴らしい選手が生まれることを心から祈ります。

「命を守るための防災活動発表会」

(NPO法人「震災から命を守る会」臼井康浩理事長と記念撮影)

 今日は、NPO法人「震災から命を守る会」臼井康浩理事長が主催される「命を守るための防災活動発表会」の開会式に参加。

 NPO法人「震災から命を守る会」は1995年に発生した阪神淡路大震災の被災者あった故岩瀧幸則氏が設立。

 岩瀧氏は3年前に他界されましたが、岩瀧氏の運動に共鳴した臼井さんが2005年に和歌山支部を創られました。

 現在、臼井さんが理事長となって本部も和歌山県に移転しています。

 私は、浪人中の8年前に臼井さんが和歌山支部を創られた頃にお会いしました。

 臼井さんの防災にかける熱い思いに感動して、臼井さん主催のイベントには「追っかけ」としていつも参加させてもらっています。

 「命を守るための防災活動発表会」は去年に引き続き2年目です。今年は8月31日、9月1日の二日間、和歌山市内のビッグ愛で開催。

 臼井さんお一人のパワーで、内閣府、経済産業省などの政府や地方公共団体、各種団体の後援を取り付けておられることもすごいことですが、和歌山市を中心とする県下の企業や商店をたくさん巻き込んで開催されていることに驚かされます。

 人間一人の力って、すごいなあと感動します。

 主なスポンサーはJR西日本あんしん社会財団ですが、和歌山大学生「防災・防犯まちづくり運営委員会」の若者たちが運営をになっています。

 インターネット動画生放送のウオーカーステーションTV(WSTVスマイルスタジオ)も開会式を生中継。

 和歌山の総力が結集された防災イベントになっています。

 明日の9月1日午後5時までビッグ愛にて開催中です。ぜひ、一度お立ち寄りください。

 和歌山の防災パワーを実感できますよ。

 

戸別訪問と街頭演説の日々

(戸別訪問先で見つけたかわいいお花)

 今週は、ひたすら地元和歌山で活動しています。

 毎朝6時から、駅前街頭演説。昼間は、戸別訪問の毎日です。

 去年、一昨年と、夏でも国会が開会されていました。昨年は、社会保障と税の一体改革特別委員会に属していたため、お盆休みもなかったくらいです。

 今年は、参議院選挙後、形式的な臨時国会が1週間あっただけで、久しぶりの夏休みです。

 とは言ううものの、、、私たち政治家には夏休みはありません。

 普段、ご無沙汰している有権者の皆さまに、この時とばかり戸別訪問でごあいさつ。

 浪人時代は、時間がいくらでもありますから、毎日毎日戸別訪問ができました。街頭演説も好きな時に好きなだけやれました。現職になると、国会開会中は金帰月来の日々ですから、そうもいきません。

(JR和歌山駅前での早朝街頭演説。見上げた空は秋空でした。)

 「周平さん、最近、街頭に立ってないねえ。」

 「周平さん、近頃、顔を見せないねえ。」

 と、なんだか怠けているように言われるのは、辛いものです。

 この夏は、小さな路地裏を回りながら、4年間の浪人時代を思い出しています。

 街頭演説も、実は、苦しかった頃の初心を忘れないためにやっている部分もあります。もっとも、スーパーの前や交差点でも、直接話しかけてくださる皆さんの「厳しいお声」を聴けるのが何よりなのですが、、、。

 この夏は、原点に返って、自分の政治活動を見つめ直します。

(戸別訪問中の団地のテラスから見た和歌山城)

富士総合火力演習

(陸上自衛隊音楽隊の演奏)

 この週末は、富士総合火力演習の視察をしてきました。

 国会議員としてではなく、和歌山県防衛協会会員として青年部の皆さんと一緒に行ってきました。一般公募の倍率はたいへんなものだそうです。その意味で、地味ですが防衛協会の活動は評価されているのですね。

 実は、前々から視察をしたかったのですが、日程的に地元活動と重なり、実現できませんでしたが、今年は無理をしてスケジュールを調整しました。

 土曜日には夜間演習を視察。星空の下、うっすらと雲がかかっていましたが、着弾もくっきり見えました。

(照明弾によって攻撃対象を目視できるようにします。)

 驚いたのは、戦車砲などの音の大きさです。音と言うより、むしろ衝撃波がからだを包む感じでした。

 日曜日はあいにくの雨で、F2−戦闘機Fの飛行やパラシュート降下演習などは中止になりました。

 それでも、多くの火力演習を視察し、衝撃波の迫力も前日の数倍以上のものがありました。

 富士総合火力演習は、陸上自衛隊の演習のひとつで、総火演(そうかえん)と略されるます。陸上自衛隊富士学校の生徒に火力戦闘を経験させる目的で1961年から開始されました。5年後の1966年からは国民の自衛隊への理解を深めるための一般公開を行っています。

 戦闘車両や火砲などによる実弾射撃や、航空自衛隊戦闘機による対地爆撃のほか、輸送機からの空挺降下や輸送ヘリコプターからのヘリボーンなどが実演される。今回は雨で中止でしたが、、、、涙。

 射撃は観客席前の演習展示地域から北西方向(富士山方向)に設定された目標地域に向けて行われました。たいへんな迫力でしたね。

 結局、国防の重要性を認識するという目的は達しましたが、正直に言うと、岸本周平は一人の小学生男子に戻っていました。

 私の子どもの頃は、戦車やゼロ戦のプラモデルをつくるのが、小学生男子の本業でした。

 昭和30年代の少年漫画には、ゼロ戦や隼が大活躍の戦争漫画がけっこうありました。

 戦争の善悪というよりも、ゼロ戦の機能美に魅かれたというのが正直なところです。

(雨の中、視察を続ける岸本周平)

 女学生として軍需工場で働き、米軍の戦闘機に機銃掃射された母親の話や、実際に満州やラバウルの戦場で戦った父親の話を聞いて育ちましたから、戦争の怖さ、悲惨さは子ども心にも焼きついています。

 それでも、ゼロ戦の主翼のカーブの美しさとか、戦車のキャピタラの精巧さとか、そのような細部が小学生男子の心をとりこにしたのだろうと思います。

 この二日間、単純にプラモデル大好き小学生に戻りました。そして、同行の仲間たちが同じように小学生男子だったので、一泊二日の愉快な視察旅行になりました。仲間の皆さん、ほんまに有り難うございまいました。

「右傾エンタメ」とは何か

(百田尚樹著「永遠のゼロ」、講談社文庫、2009年7月)

 直木賞作家の石田衣良さんは、「右傾エンタメ」という造語をつくっています。

 石田さんによれば、「君たちは国のために何ができるのか、と主張するエンタメが増えているような気がします」。(朝日新聞2013年6月18日、ニュースQ3より。以下同様。)

 石田さんは、百田尚樹さんの「永遠のゼロ」に対して、「かわいそうというセンチメントだけで読まれているが、同時に加害についても考えないといけないと思う。読者の心のあり方がゆったりと右傾化しているのでは。」と語っています。

 朝日新聞の記事によれば、同様に百田さんの「海賊と呼ばれた男」や有川浩著「空飛ぶ広報室」、福田和代著「碧空のカノン」なども「愛国エンタメ」の系譜として整理されています。

 ここは、判断が難しいところだと思います。

 小説や映画は、その人、その人によって受け取り方が異なって当然です。年齢や、職業、知的な関心の差などから、受け止め方は千差万別なのでしょう。

 私は、「永遠のゼロ」を読んで、ラブストーリーの合間に、いかに日本の官僚機構や軍隊が無能で無責任であったかという歴史を学びました。反戦の書として受け止めました。

 「海賊と呼ばれた男」も、主人公の清廉潔白で情熱的な武士道型の生き方と、ずるがしこい卑怯な官僚や財界人の対比に関心を持ちました。

 もっとも、読了後、「日本にもこんなに立派な経済人がいたんだな。」と胸のすくような感動がありましたが、それは「愛国」ではなく、「人間の生き様」への感動であったと思います。

 12月に封切の映画「永遠のゼロ」を制作したアミューズの大里洋吉さんは、「安易な反戦映画やお涙ちょうだいものはつくらないでもらいたいと監督に指示したが、出来上がりは本物の反戦映画に仕上がった。」と言われています。

 映画を観た人々の反応が楽しみです。私も、次回の劇場映画は「永遠のゼロ」と決めています。どんな風に感じるのか、興味津々ですね。

 この間ブログに書いた、「風立ちぬ」も「少年H」も「反戦エンタメ」だと思います。これは、しかし、私の主観ですから、世間の反応とは違っているのかしらん、、、、、?

映画「風立ちぬ」と堀越二郎

(堀越次郎著「零戦 その誕生と栄光の記録」 、角川文庫、アマゾンHPより転載。)

 このブログを読んでいただくとおわかりのように、私たち政治家には夏休みはありません。

 国会閉会中は、地元での政治活動の日々です。盆踊りに行って、有権者の皆さんに、お叱りを受けるのもれっきとした政治活動です。

 ですから、サラリーマン時代、映画やコンサートが大好きだった私でも、、、、映画はぜいたくなものになってしまいました。

 しかし、映画や音楽は、その時代の国民の関心やムードを反映していますから、感受性をみがくためにも、本来、政治家こそ親しむべきもの、、、、という言い訳で、何とか時間をやりくりして、宮崎駿監督の「風立ちぬ」を観てきました。

 国際線の飛行機の中での映画鑑賞以外に、映画館に行って映画を観るのは、本当に久しぶりでした。

 大きなスクリーンで観る映画は格別ですね。

 宮崎監督の映画は、ほとんど観ていますが、ファンタジーではなく、昭和の時代をリアルに映し出す描写はさすがです。もちろん、主人公の夢の中で、得意なファンタジーはいっぱい出てきますが、、、。

 反戦映画かどうか、議論はありますが、基本はラブストーリーだと思いました。

 ただし、フイナーレのメッセージは明らかに反戦ですし、宮崎監督自身もそう言っておられます。

 「あの戦争は、いったい何だったのか?」

 美しい飛行機をつくることが目標だった技術者堀越二郎が、戦闘機をつくらざるを得ない中で、技術者としての最善を尽くして迎える敗戦。

 現実の堀越二郎は戦後も生き続け、1970年に「零戦 その誕生と栄光の記録」(光文社)という本を世に問うています。

 その著書の中で、終戦の詔勅を聞いて、『これで私が半生をこめた仕事は終わった。』と思った堀越は、「日本の国はなんと愚かしい歩みをしたことか。愚かしいのは、日本だけではなかったかもしれない。しかし、とくに日本はこれで何百万という尊い人命と、国民の長年にわたる努力と蓄積をむなしくした。一口に言えば、指導層の思慮と責任感の不足にもとづく政治の貧困からであった。いまこそ、『誠心英知の政治家出でよ。』と私は願った。」とつづっています。

 自民党の堀内光雄元代議士は、近著「『靖国』と『千鳥ヶ淵』を考える」(祥伝社新書、2013年8月)で、8月15日の半年前に戦争を終結させていれば、戦争による死者310万人の内100万人の命が救えたことを指摘し、「ほんとうに、なぜはやく戦争を終結させることができなかったのだろうか。戦後の日本国民が、東京裁判とは別に、自らの手で戦争指導者を糾弾してこなかったことが信じられない。」と書いています。

 航空技師の堀越も、「少年H」(妹尾河童著、新潮文庫,、2000年12月)の洋服仕立て職人の父も子も、アメリカと戦争して勝てるわけはないと思っていました。

 それなのに、当時の日本が戦争に突入し、敗戦濃厚にもかかわらず戦争終結が遅れたのか、私たち一人ひとりが冷静に考えてみるべきではないでしょうか。

 「ABCD包囲網でやむを得ず立ち上がらなければならなかったのだ。」というような安易な正当化をせずに、歴史のイフを考えれば、何度も、違う路線は取り得たはずです。

 「零戦 その誕生と栄光の記録」は今、角川文庫で簡単に読めます。今、映画「少年H」も上映されています。

 このブログでも触れた百田尚樹著「永遠のゼロ」も映画化されますが、この小説も戦争指導層の無能と無責任をわかりやすく描いています。

 この夏を、歴史を振り返る、より良い機会にしたいものです。特に私たち政治家は肝に銘じて。

お盆と夏祭り

(地域の夏祭り)

 お盆も終わり、少しは涼しくなるかと期待しましたが、なかなかそうはいきません。

 初盆参りをスタートした11日の和歌山市の最高気温が39.3度。これがピークでした。

 体温をはるかに上回るわけですから、歩くだけで汗が噴き出してきます。

 この経験をすると不思議なもので、翌日12日の最高気温37.4度も、さらに35度や33度では楽に感じます。

 人間の感覚や気持ちは、相対的なものなのだと、つくづく身にしみました。苦労しておくと、後が楽なんだ、、、などと、、少しは賢くなったような気分です。

 毎年、初盆参りの時に感じるのですが、肉親を亡くされた方、とくに奥さんやだんなさん、パートナーを亡くされた方々の喪失感は大きなものがあります。

 応援していただいていたお家を回りますから、私も親しくしていた方の死は、他人事ではありません。しみじみとお話をうかがいながら、ご夫婦の堅いきずなを感じます。

(広瀬公民館の盆踊りの準備作業)

 お盆の前後は、夏祭りも集中します。

 地域ごとに盆踊りのイベントが花盛り。

 私も何軒かはしごをさせていただきます。

 地元の広瀬公民館主催の盆踊りは、午前7時からの準備からスタート。関係者が数十人集まって、手際良く、やぐらを組みたて、夜店のイス、机のセット、ちょうちんなどが並べられます。

 翌朝、やはり同じ時間に集まって、片づけ。あっという間に終わります。

 私は、今年で8年目。やぐらの組み立ての段取りなどもわかってきましたから、少しは貢献できているかも、、、苦笑。

 地域の力は、このようなイベントを通じて、仲間の間の気心が知れ、一体感がかもしだされるところにあります。

 もちろん、後日の「反省会」と称する飲み会もありますが、お祭り終了後、みんなで打ち上げをするのが定番です。

 地方都市の生活の楽しさをかみしめる日々です。

終戦記念日の平和祈念祭

(和歌山県護国神社の鳥居)

 今日は8月15日、終戦記念日です。

 私は、毎年、和歌山県護国神社に参拝しています。

 300万人を超す日本国民が命を落とした先の大戦の悲惨さを胸に刻み、改めて不戦の誓いをします。

 このような悲惨な結果をもたらした当時の政治家、軍部の指導者の責任はたいへん重いと考えます。

 「政治家が国民をあおってどうする!愛国心という言葉を使う政治家は信用できない。ともすれば熱狂的になる国民を静止するために、政治家は冷静でなければならないのだ。」 これは、有名な右翼団体トップの言葉です。

 政治家として、一国のかじ取りの一翼を担う以上、日比谷焼打ち事件のように国民が熱狂した時にも、冷静な対応ができるような真の愛国者でありたいと思います。非国民とさげすまれても、国の行く末を過たない勇気を持てますようにと祈ります。

 
 戦争の犠牲になったのは日本国民だけではありません。

 先の大戦の、すべての国のすべての犠牲者を慰霊する施設が必要だと思います。

 私たちが祖国を愛するように、すべての国の国民はそれぞれの祖国を愛しています。それぞれの家族とふるさとを愛するように。

 
 今年もまた、靖国神社への政治家の参拝が取り上げられ、騒々しいことです。

 政治家としての信念や見識にしたがって行動されているでしょうから、特にコメントはありません。

 しかし、テレビカメラを引き連れて大騒ぎをしながら、お参りすることを英霊の皆さまが喜ばれているとは思われません。

 今日は、心静かに、お祈りをする日です。