TPP交渉の背景
今、TPP特別委員会で審議が行われていますが、TPPについてどう考えるかいろんな議論があります。
私は、高度な経済連携協定には賛成の立場ですし、アジア太平洋地域における投資や貿易、知的財産などのルールの統一は日本にとって大きなプラスになると確信しています。
しかし、今回の合意は、米国に一方的に押し切られ、取るものが取れず、守るべきものは守れなかったため、日本の国益に反するものだと考えます。
これまで、日米間の貿易摩擦の歴史の中で、二国間で厳しい交渉が行われてきました。今回のTPP交渉でも、米国との力の差を痛感しました。その象徴が日米の二国間のサイドレターに表れています。
これは佐々江賢一郎駐米大使とマイケル・フロマン通商代表間の往復書簡という形になっています。もっとも、日本側からの書簡には日本語訳ベースでA429枚分の添付文書がついてあって、保険、透明性・貿易円滑化、投資、知的財産権、企画・基準、政府調達、競争政策、急送便及び衛生植物検疫分野での非課税措置について日本側が一方的にこうしますと約束させられています。
米国側からは、添付書類はなしで、書簡を確認して実施されることを期待するとのあっさりしたお返事だけ。その内容は、日本があたかも米国の植民地であるかのような屈辱的なものになっています。
まずは、衛生植物検疫の分野です。サイドレターでは、収穫後の防かび剤という項目があり、「厚生労働省は、収穫前及び収穫後の両方に使用される防かび剤について、、、農薬及び食品添加物の承認のための、、、過程を活用することにより、合理化された承認過程を実施する」と書かれています。この意味は何でしょうか?
実は、輸入農産物に使用される防腐剤や防かび剤などの日本の基準が厳しいので、これまで米国から緩和するよう要求されていました。もともと日本では、収穫後に農薬を使うことは禁じられています。しかし、米国から運んできてかびが生えないようにするためには、「イマザリル」などの農薬をかけなければなりません。禁止されているのに認めなければならないので、便宜、食品添加物という二重の分類をして認めたのです。そうなると、たとえば米国から輸入したレモンの袋には、防かび剤として「イマザリル」や「フルジオキソニル」、「アゾキシストロピン」などと表記しなければなりません。
米国は、こんな表記があると日本の消費者は気味悪がって買わないから、食品添加物としての審査を止めてくれと言ってきたのです。
さて、今回のサイドレターにある「合理化された承認過程」とはどういう意味でしょうか?米国のレモンに防かび剤の表記をしなくても良いと譲ったということでしょうか?
TPP委員会で塩崎厚労大臣にお聞きしたら、承認手続きを合理化するだけであって、表示の義務は変わらないとのご答弁でした。しかし、食の安全安心のために、引き続きしっかりと監視していく仏用があります。
さらに、サイドレターでは、審議の場所は、薬事・食品衛生審議会の中の農薬・動物用医薬品部会及び添加物部会の合同審議で行うとまで書いてあります。独立国の行政の箸の上げ下ろしまで約束させられるのですか?
国民の健康と安全を守る厚生労働省が、こんなことで良いのですか?
輸入農作物には、この他にも、発がんのおそれのある成長ホルモンや成長促進剤(ラクトパミン)、遺伝子組み換えの問題などがあります。これらは、TPPを進めるうえで慎重に考えるべき論点です。
次に保険の分野です。サイドレターでは、「日本郵政の販売網へのアクセス」を重視し、微に入り細に入り、日本郵便(株)と(株)かんぽ生命保険が内外の民間保険サービス提供者とビジネスアライアンスを組むことをエンカレッジしています。このサイドレターを読んでいますと、なるほど米国資本の保険会社のビジネスチャンスが米国政府の重大関心事項であったのだなと理解できます。これは、長年の日米の保険協議の歴史からすれば、さもありなんと言うことではあります。驚くべきことは、その後に続く項目です。
「金融庁郵便貯金・保険監督参事官室と保険課が、共に金融庁監督局長による監督に服すること、並びに、同室及び同課の存在が決して(株)かんぽ生命保険に対する監督の公平性を損なうものではないことを確認する。」とあります。
監督局の下にある室や課は監督局長の指揮下にあることは当然のことです。こんなことを言わされて恥ずかしくないのでしょうか?
さらに屈辱的な項目が続きます。「日本国政府は、総務省の監督責任が(株)かんぽ生命保険を独立の立場で規制する金融庁の権限を妨げないことを確保する。」当たり前すぎて情けない。
そして、「総務省から異動し、又は派遣され、(株)かんぽ生命保険に対する監督責任を有する金融庁職員が金融庁の関連部署の長に対してのみ報告することを確認する。」とのだめ押しがあります。
要するに、総務省からの出向者はスパイだから気をつけろと言われているのです。米国政府が霞が関の内部事情に通じていることには敬意を表しますが、ここまでサイドレターに書かされるのはいかがなものでしょうか?日本は米国の属国なのでしょうか?
他にも、(株)かんぽ生命保険と独立行政法人郵便貯金・簡易生命保険管理機構間の再保険契約のコピーを米国政府に出せとか、(株)かんぽ生命保険には毎年1回、貸借対照表や損益計算書を公表させろとか、過保護の親が小学生に対するような態度を取っています。
また、コーポレートガバナンスについては改正会社法や関連する省令の内容をトレースした上で、今後外国人投資家の意見や提言を聞いて規制改革会議に付託し、規制改革会議の提言に従って日本政府が必要な措置を取るという約束をさせられています。規制改革はけっこうですが、米国に言われて規制改革をするのでしょうか?自主性はないのでしょうか?今後、TPPとは何ら関係なく、外国人投資家の言い分を聞き続けるという約束をしてしまっているのです。
さらに、政府調達のサイドレターは大問題です。
入札談合という項目が立っています。そこでは、「中央政府の調達機関によるカルテル、入札談合及びなれ合いの防止に関する研修プログラムを定期的に実施すること」や「職員による自らが監督し、又は規制する企業への求職、政府による職員及び退職した職員の就職のあっせん並びに退職した職員による退職前の政府内での在職部署に対する便宜の要求を禁止することにより利益相反の排除を要求する国家公務員法を執行すること」とされています。入札過程の改善の項目では、これまた、当然のことが微に入り細を穿って書かれています。日本が開発主義の発展途上国であるかのようなサイドレターは、まさに国辱です。
TPP特別委員会で、岸田外務大臣は、「日本政府として本来やっていることを書いているだけなので問題はない。」と答弁されました。本来、やるべきことだとしても、米国政府は、日本政府を信用していないからわざわざサイドレターに書かせて約束させたのです。このような卑屈な態度で交渉してきたことに強い憤りを覚えます。TPPの交渉結果が日本の国益を守れていなかった所以です。