軽減税率は百害あって一利なし
2017年4月から消費税が10%に引き上げられます。その際に、消費税の負担が重くなりますので、せめて食料品だけでも税率を低くすべきだと言われています。その背景には、消費税は全世代で広く分かち合う税ですが、所得の少ない家計ほど、収入にしめる税負担割合が高くなる「逆進性」があるという考え方があります。
消費税を5%から引き上げる際の「税と社会保障一体改革法」の中にも、低所得者対策の必要性がうたわれており、やり方としては、食料品などの軽減税率方式か、低所得者に対して食料品の消費税分を還付する方法が挙げられていました。
今、自民、公明の与党は軽減税率の検討に入っていますが、本当にそれでよいのでしょうか?たとえば、食料品全部を2%軽減すると1.3兆円の減収になりますから、約束の社会保障の充実ができなくなります。別途財源を見つけなければなりません。ヨーロッパの消費税が20%を超えるなど高い理由は、食料品などの軽減税率で失われた財源をその他の商品やサービスから取らざるを得ないからです。
そもそも、軽減税率は低所得者対策になりません。 食料品に軽減税率を設けると、松坂牛やキャビアなど高級なものでも軽減されるので、かえって高額所得者ほど負担軽減額が大きくなってしまいます。逆進性対策としては全く効果がありません。生鮮食品だけにしぼると、所得の低い層ほど加工食品を買う比率が高いという問題にもぶちあたります。
よく、「それなら、高級品は軽減しなければいいではないか。」と言われます。しかし、高級品の定義は大変です。例えば、100g何円の牛肉なら高級品なのかなど、一つ一つの品目について、基準を設定しなければなりません。消費者にとっては、買い物をするときに、どの商品が軽減されているかわからなくなりますし、売り手も非常に手間がかかり、コストアップで商品を値上げするはめになるかもしれません。また、このような品目別の税率設定は、声の大きい業界だけが軽減されたりするなど、利権の温床になりがちです。
昔、物品税があった頃、紅茶や緑茶は非課税だが、コーヒーは課税。こたつは非課税だが、扇風機は課税など、とても不合理な状況でした。ですから、政府が、何がぜいたく品かを決める制度を止めて、一律3%の消費税を導入したのです。また、フランスでは、マーガリンは普通の税率で、値段の高いバターは軽減税率です。これは国内の酪農家の政治力によるものです。また、テイクアウトの商品は外食との線引きが難しくなり、温かいか冷たいかで線引きしたり、一回で購入する個数(たくさん買ったら食べきれないから家で食べるだろう?)で線引きし、その基準をめぐってたくさんの裁判が起こされています。
また、商品ごとに税率が異なってきますと、すべての業者の手間がたいへんです。本当に正確に実施するためには、消費税率と税額や業者の番号を書き込んだインボイスが必要になりますが、零細な業者はたいへんです。自公案では、インボイスを使わず、簡易課税のような簡略な「みなし課税」で対応するようですが、そうなるといわゆる「益税」の問題が悪化します。
簡易課税とは、売上5000万円以下の業者は実際の仕入れ額を使わず、みなし仕入れ率を使える制度です。ほとんどの場合、みなし仕入れ率が甘く設定されていますので、業者は国に治めるべき税金を自分のポケットに残すことができます。また、年間売上1000万円以下の業者は消費税を納める必要がなく、これも預かった消費税がポケットに残ります。これらを「益税」と言います。消費税を納めている300万の業者の内、約4割の120万業者が簡易課税を使っており、会計検査院の報告ではその8割の業者に益税が発生しています。「益税」による税収の減少は約5000億円と言われています。この「益税」をさらにふくらませることは不公平を拡大することになります。
このように自公両党が業者に気を使わざるを得ないのは、軽減税率を入れると流通段階での業者の手間がたいへんだからです。
たとえば、皆さん、馬の気持ちになってみてください。競走馬は食料品ではありませんから、当然10%の消費税です。と殺場を出た段階で、馬肉は8%に、バイオリンの弦になるたてがみや皮は10%、ペットフードになる骨や内臓は10%。流通のどの段階から8%になるのか10%になるのか、とても複雑です。
ちなみに、生鮮食品だけを対象にしたら、小売り段階で当たり前になっている加工食品と生鮮食品のセット商品はどうなるでしょうか。ローストビーフとサラダのセット、焼肉の材料とタレのセット、缶詰と果物のセットなど、など。
ですから、OECDは新たに消費税を導入するか、まだ軽減税率を入れていない国には、軽減税率の導入をしないように勧告しているのです。日本が今から、軽減税率を導入したら世界中の笑われ者になってしまいます。
そこで、私たちは低所得者への対策として、消費税の払い戻しを提案しています。「給付付き税額控除」などとも呼ばれている制度です。食料品などの購入に最低限必要な金額は、統計により一人当たり25万円弱ということが推計できます。これに軽減する率2%をかけた額5千円程度を所得税から減税する、減税しきれない分は直接家計に給付をするという制度です。実際、逆進性対策はカナダで、生活保障対策としては英、米、NZなどで行われています。財源は、年収300万円未満の世帯を対象にすると約2000億円程度で済みます。年収基準を400万円にしたら約3000億円です。高所得者ほど負担軽減額が大きくなるということも生じず、真の逆進性対策になります。マイナンバー制度が充実すれば、所得の補足の精度も上がるでしょうから、公平な制度にもつながります。ちなみに、今行われている低所得者向けの簡易な給付措置の財源は3000億円です。
マスコミは、自分たちの新聞を軽減税率にするためのキャンペーンを張っていますので、新聞社の子会社のテレビ局も含めて、以上のような論調はなかなか載せてくれません。今こそ、国民全体で冷静な議論をすることが重要な時ではないでしょうか。